中国の汚「食」問題
中国は、「世界の工場」として、世界中に多岐に及ぶ産品を輸出している。加工食品や医薬品も、その一例である。ところが、周知のように世界中で中国製品による被害が顕在している。例えば、コスタリカでは、中国製の歯磨き粉にジエチレングリコール(車輌等の燃料に混ぜ合わせる不凍液)が混入されていた。ちなみに、上記の有毒物質は、かつて山梨産のワインに混入され、社会問題になったことがある。甘味を増すために不正使用されたものだった。パナマでは、中国製の咳止(せきど)め薬に有毒物質が混入されたため、百人以上もの死者を出している。他にも中国産原料を使用したペットフードに有毒物質が混入されていたり、養殖の鰻をはじめ海老等の一部の魚介類からもからも、国際的に禁止されている抗生物質が検出されたり、一部の農産物からも、国際基準値を超える残留農薬や使用が禁止されている発がん性物質を含む農薬が検出されるなど、枚挙の遑(いとま)がないほどである。
中国産の食品や医療品の原料の品質が、中国国内外で問題になる中、5月29日に中国食品監督機関の前局長に死刑判決が言い渡された(『朝日新聞』2007年5月30日付け朝刊)。北京の第一中級人民法院(地裁に相当)で死刑判決を受けた鄭篠萸(てい しょうゆ)被告は、在職中に新薬承認の権限を乱用し、医薬品の許認可等に絡んで賄賂を授受していたことを認めていた。そして、6月10日に前局長の死刑が執行された(『北海道新聞』2007年6月11日付け朝刊)。
ここでは、死刑制度の是非を論じない。だが、場当たりでの死刑で一連の問題を収束させるならば、洋の東西を問わずなされた古代社会における生贄(いけにえ)の儀式であり、鄭死刑囚も浮かばれない。現に死刑執行と同じ日に、北京で、有料飲料水も、水道水を詰め、ラベルを偽造した贋物であった、と報じられている(『北海道新聞』2007年7月11日付け夕刊)。食の安全に対する懸念とともに、不正の闇の深刻さを思い知らされる。
日本でも、苫小牧市のミートホープ社の一連の不正事件がある。牛肉入りコロッケに豚肉や鶏肉等の別の肉を混入した挽肉を使用したことをはじめ、他メーカーの商標を偽造しての肉の転売、期限切れの肉を賞味期限を偽ったりして製品製造や他のメーカーに売り渡したこと、大腸菌やサルモネラ菌等のデータの捏造、食品衛生法違反の雨水を使用した肉の解凍等々、よくもここまで酷いことをしたものだと、小生自身怒りを通り越して驚かされた。
ミートホープ社の事件は、中国で食の安全に関していかなる不正がなされているかを知る上での一例でもある。賄賂による手心を加えることについては、大手食品メーカー・加ト吉の赤平工場長が、ミートホープ社にバックマージンを要求し、授受していたことでも中国と大差はない。取引先の企業から消費者に至るまで、安ければよいとして食の安全について注意がなおざりだった一面も存在する。事が重大になるまで形式的な検査にとどまり、食の安全が監督機関により十分にチェックされなかったことも、日中共通する。今回は、北海道庁と農林水産省との間で起こったような、内部告発の文章の授受をめぐり、責任のなすりつけあいは中国では見られなかったものの、こうしたことも起こりうる可能性がある。ミートホープ社の事件は、「羊頭狗肉」の語源の地である中国に迫る悪行であると思っていたが、想像を絶するような信じがたい事件が中国より伝わってきた。
北京市朝陽区で、もぐりの業者がダンボール入りの肉まんを、屋台で販売していた。苛性ソーダという劇薬にダンボールを浸してやわらかくした後、肉まんの具がダンボールと豚肉其々6対4という恐るべきレシピにより、製造、販売していたという(『朝日新聞』2007年7月13日付け朝刊)。ちなみに、数年前、南京市で屋台で毒入り揚げパンを販売し、数十名もの無差別殺人を実行した事件もあった。この凶行に及んだ人物は死刑になった。いずれにせよ、人間として踏み越えてはいけないとされる倫理の限界を超える悪行である。
一方、中国政府は、自国製の食品や医薬品の安全問題で「管理体制に不備はない」と強弁することを改め、「中国は発展途上国であり、食品安全の全体的水準は先進国に劣る」と認め、対策強化の方針を打ち出した。具体的には、安全基準を満たさない企業の「ブラックリスト」の公表や、零細企業による食品の輸出禁止、輸出品の検査施設増設を発表した。また、日本や欧米に食品を輸出していた企業41社の安全性に問題があるとして、輸出禁止措置を取ったことも明らかにした(『北海道新聞』2007年7月12日付け朝刊及び夕刊)。
中国政府のこうした対策のうち、特に零細企業による輸出禁止は有効であろう。なぜならば、中国ではこうした零細企業のなかには、5年以内に違法行為をしてでも利潤をあげ、次に、より大きい事業をするための資金にしようと考える企業主が少なからず存在するからだ。また、企業の「ブラックリスト」の情報公開や、前述のダンボール肉まん業者のような不正を働いた業者を公表することも、重要な対策であり、こうした対策を継続していくべきである。
ただし、「ブラックリスト」を作成し、公開する際、上海閥や広東閥といった地方閥によって企業摘発する力の入れ方に差をつけたり、賄賂等により公正を欠くことは、あってはならない。また、中国人民の食の安全対策も怠ってはならない。有毒化学物質のジエチレングリコール入り練り歯磨きについて、中国国内では回収しないと報じられている(『北海道新聞』2007年7月14日付け朝刊)。このようなダブル・スタンダードでは、中国製品を信用できない。中国国内の人民が安心して食せない状況が続くならば、海外向けの中国製の食品や医薬品に対する信頼回復は、到底ありえない。また、外国人の立場でいえば、中国を旅行したり、中国で滞在するのにも不安がある。国や人種や民族の区別なく、食の安全は平等に確保されなくてはならない。日本及び中国両政府に対して言えるが、食の安全を守るために、法体系や検査体制を、欧米先進国から学び、整備した上で、 法令遵守(compliance)を徹底し、食品や医療品の製造および管理体制の強化をはかるべきである。
ちなみに韓国でも数年前、一食品メーカーが、伝統ある韓国餃子を製造する際、産業廃棄物として処分せねばならなかった大根や白菜を不正使用した事件があった。当時の社長は、「残飯餃子」を提供したとして、韓国社会の厳しい批判にさらされ、自殺した。
以上、述べてきたように、一国単位の問題として無関心でいるべきではなく、東アジア全体の評判にかかわることとして、日中韓の産官民あげて協力し合い、食品に関する不正に対し、社会から締め出しを図らねばならない。
中国には、「上に政策あれば、下に対策あり」という言葉があるように、政府の規制や取締りに頼るのみでは限界がある。例えば、日本が有機農業の技術なり、環境を考慮した養殖業の技術を中国に伝えるのも、大切である。また、日本、中国、韓国の消費者団体を集め、各国の現状や対策について意見を交換し、民間レベルで互いに消費運動の水準を向上させることも重要である。民間レベルでも賢くなり、できる対策を講じなくてはならない。