中国製「薬剤」混入餃子問題
渡邊理
 はじめに
 
 2008年1月 30日、日本で、中国製冷凍食品の餃子を食した10名が体調不良を訴え入院し、その餃子と吐瀉物(としゃぶつ)等から「メタミドホス」という殺虫剤が検出された、と日本のメディアが事件を報じた。それ以来、、日本の巷間において、食の安全に関する話題が、絶えることなく存在する。死者が出なかったことは、不幸中の幸いである。しかし、全国で体調不良を訴える人が相次いだ。
 その後、返品され回収された中国製餃子から、「ジクロルボス」という別の殺虫剤が検出されたり、新たに「ホレート」や「パラチオン」等といった毒性の強い農薬や殺虫剤に用いられる化学物質が検出された。餃子以外にも、中国製冷凍食品のアスパラ入りのロールソースかつ及び揚げ物のイカリングからも、上記にある農薬や殺虫剤が検出された。今後も検査が進めば、更に毒物が検出される虞(おそれ)があり、日本の消費者の不安は続いている。
 薬剤混入について、現時点では、いつ、どこで、故意か過失なのか、原因は解明されておらず、今も日中両国で調査や捜査が継続されている。日中両国で原因解明に向け、協力してはいるものの、双方で見解の齟齬(そご)が見られるなど、真相究明にむけた調査や捜査の進展は順調でない。ここでは、日本と中国それぞれの実状から、今回の事件に関するいくつかの考察を試みる。
 
 日本に関する考察
 
 日本の実状を複数の視点から考察する。まず、日本のメディアについて、考察する。事実を正確に報道し、それを通じて、食の安全を国内外に向けて訴えること自体は、重要な
ことである。しかし、一部のメディアの、売らんかなとばかりに、感情論むき出しに書き立てるのは好ましくない。昨年、中国製品の被害にあった他国、例えば、パナマなどの毒入り風邪薬による大量死亡事件や、米国などで毒入りペットフードによるペット死亡事件といった被害報道と比較すると、今回の事件の扱いは過大であり、過剰反応であった。日本人が被害にあった事件を感情的に書き立てれば書き立てるほど、日本人は自分のことしか考えない、心の狭い国民であるという誤解を世界中の人々に与える虞(おそれ)がある。
 事実、日中両国以外では、今回の餃子中毒事件について簡単な事件紹介で終わっていた。強いて言えば、2年前に中国産キムチに昆虫などの異物が混入されていた韓国で少々詳しく紹介された程度である。中国では、日本のメディアによる風評被害として反発が存在する。中毒餃子を製造した中国河北省石家荘(「石家庄」は簡体字による表記)に存在する「天洋食品」では、返品及び風評の酷さから日本側を訴える構えでいる。また、中毒餃子事件が日本で大々的に報道されていた時、中国では、50年来の豪雪被害により、交通網の寸断やそれに伴う人の移動、石炭をはじめとするエネルギーを含む物流の停滞、そして、融雪などに伴う洪水の被害など深刻な状況であった。中国人にとり、「雪災」と称するほどの被害よりも、日本人の中毒被害を大々的に喧伝(けんでん)する日本のメディアへの反発は大きい。日本のメディアは、「中国人、けしからん!」とばかりの感情論を扇動すべきでない。現在、実践しているように、事実を伝えたり、有識者や消費者の意見を反映するほうがよい。更には、中国の現状についての紹介や中国人への配慮した報道がさらにあればよい、と小生は考える。
 日本の行政について考察する。餃子中毒の発生から1ヶ月以上経過してから対応するという遅れた対策は、問題である。食に関しても危機管理意識が浸透していない。しかも、年末年始明けまで、中毒に関する通報を放置し、その後もしかるべき情報提供なりの対策を怠る姿勢は大いに問題である。日本政府は従来の官公庁の枠を超え、食に限らず、消費者の安全を保証する消費者庁なる官庁設立を目指すという。そうした官庁の設立は大切ではある。そして、絵に描いた餅に終わらないように立派に機能して欲しい。しかし、現行のシステムでも、消費者保護は可能である。常時、危機意識を有して、今回のようないざという場合に対応して欲しいと、消費者の一人として願う。
 中国政府が日本のメディアに対し不快感を有していることは、上述したが、日本政府に対する不満も存在する。上述した「雪災」へのお見舞いの表明や援助が乏しい一方、日本側の被害を強く訴えることへの苛立ちが存在するからである。また、日本政府は中国政府を軽侮しているという疑いを中国政府は抱いている。日本はアメリカ政府には及び腰で、強く食の安全について訴えていないからである。日本はアメリカに対しては、1980年代の牛肉・オレンジ交渉の過程で、発がん性が強く米国国内では使用禁止になっている農薬や防腐剤等を撒布したオレンジやレモンの輸入を承認したり、最近でも、BSE感染の疑いのある牛肉であっても輸入解禁へ動き、国民の健康を顧みないからである。中国側からダブルスタンダードであると指摘された時、どのような合理的説明が日本側に存在するのか。また、日本国内でも食の安全を軽視する事象もある。日本政府は食の安全に関する原理原則を法令遵守の名の下、国内外に向け明確に意思表示し、徹底させるべきである。
 日本の捜査について考察する。科学的に充分に裏づけされた結果を国民に知らせ、中国側にも提供する姿勢は基本的に正しい。現在、中国とは、お互いの捜査・調査をめぐり、対立している。このまま日中両国で言い争いをしたままで、真相究明をうやむやにし、事件の再発にむけた制度や組織構築を頓挫させてはならない。日中両国の捜査資料を持ち寄り、第三者たる国際機関、例えば、FAO(国際食料農業機関)なり、WHO(世界保健機関)なりで、比較、検討、審議することも考慮すべきである。また、中国側が日中関係を破壊する不穏分子の可能性を言及しているが、日中両国に限らず、他地域に属する第三者の可能性とてありうる。互いの国を疑い合うくらいなら、ICPO(国際刑事警察機構)からいわゆる国際テロ犯の情報提供を受け、共同で捜査してもよかろう。中国人との交渉はタフで息の長い対応でなければ、もたない。眼前の事象で一喜一憂せず、実証的検査を重ねた資料を作成し続け、粘り尾強く交渉していくべきである。日本側が根負けし、「爾後、中国側を對手(あいて)にせず」をすれば、日本側は不正を認めたとして、かえって中国公安当局の狙い通りの展開になる。
 日本の消費者について考察する。日本の消費者は、おおむね冷静である。日本国内で食に関する不正が相次いだ経験から、起こりうる事例として、消費者センターに相談するなどの冷静な分析や対応ができるようになったからである。例えば、昨年が「偽」という漢字に象徴されるように、製菓メーカーの老舗である不二家にはじまり、苫小牧の食肉加工業のミートホープ、「白い恋人」で知られる石屋製菓、「赤福もち」で知られる伊勢の赤福、「比内地鶏」を偽装した秋田の食肉メーカーの比内鳥、大阪の高級料亭「船場吉兆」など、数多くの報道を通じ、食品業界の不正に関する監督する眼力が向上した。
 現に、新聞の読者欄を一瞥しても消費者の鋭い視野が見て取れる。最初のうちは、日常生活において不安だから、何とか政府に解決して欲しいという漠然とした意見が存在した。その後、新聞を読むと、次のような積極的意見や深くて広い視点の意見が目立つようになった。@冷凍食品に頼り過ぎず、手作りの料理を心がける。A日本は食糧自給率が先進国中最低水準であり、「地産地消」を目指すべきである。B日本国内の食品メーカーの食品とて、多くの食品添加物を使用しており、中国産の輸入食品のみを食卓から遠ざければ、食の安全が保証されるものではない。おおまかに見ても様々な意見がある。事実を知った上で、消費センターをはじめ、いざと言うときの緊急医療体制までが存在する分、日本の消費者は中国の消費者と比べると、まだマシな社会環境である。次に中国の実状について、同様の手法で考察する。
 
 中国に関する考察
 
 まず、餃子中毒事件の原因に関し、中国における残留農薬問題と労働問題について考察する。事件の背景を考えることで事件の真相に迫るヒントを得られるからである。
 残留農薬について考察する。まず、中国の農業事情を簡述する。中国は日本をはじめ世界に向けて、農産物や加工食品の輸出をしている。中国は国土が広く、米国や豪州のような大規模農業が可能だから、安価で大量に食料輸出できるというのは事実ではない。中国の国土の面積の8割近くが農業に適さない急峻な山岳地帯や砂漠地帯である。耕作可能な地域の多くは沿岸東部に集中している。その農地とて、減少傾向にある。砂漠化の進行や水質汚濁といった環境問題や工業用地やダム建設にともなう土地収用などで農業ができなくなっているからである。地球温暖化に起因する環境問題に加え、治水・灌漑といったインフラ整備の遅れも農地減少の原因の一つである。付記すれば、農薬の乱用に伴い、表土流出が頻発したり、肥沃な土壌の成分が破壊され、耕作できないケースもある。途中で農薬の使用を減らしても、残留農薬がひどく農作物から検出され、品質に問題があるとして、農業を継続できないケースも存在する。一方、中国は13億人の人口を有し、そのうちの約3〜5億人が農業人口である。少なくとも、農業従事者の半分が本来なら過剰人口である。2002年の統計によると、世界の農民一人当たりの耕地面積が0.25haに対し、中国での一人当たりの耕地面積は 0.1haしかない。ちなみに日本では、 0.5ha(北海道を除く全国平均)ある。しかも、中国では、農村から出稼ぎに都市に行きたくても、都市戸籍と農村戸籍の区別があり、容易に出身地を離れることはできない。つまり、中国では、少ない耕地を過剰な農業人口で従事せざるを得ないので、安価な農産物を生産せざるを得ない。
 中国の農民は生活が困窮しているために、少しでも収入を得る努力をする。その一環が、餃子中毒事件のメタミドホスに代表される農薬の問題がある。市販の農薬を購入するゆとりがない状況で、少しでも安く多くの収穫を得るために、農民たちは自ら規格外の農薬を製造し、使用している。しかし、農薬の適切な使用法を知らないために、農薬を乱用し、残留農薬の農産物が市場に増えている。そうした食材を食した中国人消費者の中には、深刻な中毒で苦しんでいる人が少なからず存在する。そもそも、そうした農薬を大量に使用する農民とて、健康被害は深刻である。さらに悪いことに、農民は現金収入のために、自家製のメタミドホスといった農薬を売りさばくわけだが、それが毒殺などの犯罪に悪用されるケースが中国国内で増加している。
 日本の商社などが中国で食品関係業界に従事する際、農業生産現場から食品加工、輸出まで文字通り、現地の協力をえて従事している場合ならば、食の安全性は高い。また、中国人自身が、生産者から消費者に至るまでの経路で、安全を確保している場合もある。中国製品がすべて危険でいい加減なものとして、十羽一絡げに日本人は騒ぎ立てるべきではない。だが、上述した厳しい現実も存在する。今日でも実践されているように、日本側から農業技術指導や援助をはかることは重要である。また、欧州ではfair tradeという途上国の農民に対して、安価な農産物なり、加工品に対し、その分、報酬を高く払えるように、商品の価格を少し上乗せする運動も存在する。消費者はその上がった価格の分が生産者へと行くと言う説明がなされており、理解をし、協力しやくなっている。日本人でも中国の都市部の住民でも、中国に安価な食材の提供を求めるのみでなく、様々な農民に対する支援も考えるべきである。
 今回の事件については、残留農薬にしては、冷凍食品から検出された殺虫剤などの化学物質の濃度があまりにも高いので、別な原因、つまり、故意あるいは過失で混入された可能性である。次にその線にあたる背景を検討しつつ、考察する。
 職場における労働者に対する待遇及び労働環境について考察する。中国において、日本の「労働三法」に相当する法律は存在するものの、現実には、有名無実であり、充分に機能していない。そのため、労働者階級に対する苛斂誅求ともいうべき搾取が横行している。昨年発覚した山西省のレンガ工場における奴隷労働は、最たる例である。現実には、企業が地方役人に賄賂を出すことで、非人道的労働の実態をお目こぼしにするケースが横行している。日本のメディアが件の天洋食品を取材した時にも、元従業員の証言からもれ聞こえた問題がいくつもある。13時間にも及ぶ労働時間、労働者の年齢が40歳に達する前に馘首(かくしゅ)したり、労災に関する不払いなど、いくつもある。天洋食品については日本側の調査の際、衛生面の不備がなかったが、元従業員の証言では、普段からそこまで丁寧な衛生管理はなされておらず、役人の視察などぐらいしか衛生管理徹底は実践されていないそうである。日本における食品業界の偽装と大差がない。ちなみに、中国との取引のある日本の商社の意見のいくつかを紹介する。@中国人は、取引を長くやればやるほど、最初の製品サンプルよりも粗悪な製品が来るようになる。A中国人は、操業当初や検査時にはきちんとした操業をし、製品を生産するが、目を離すとすぐに手抜きをして、利益優先の粗悪な製品を生産する。Aについては、日本人もえらそうなことは言えないが、中国において現実に起こったことである。
 今回の餃子中毒事件に関する第一報を小生が耳にした時、日本のメディア同様に、天洋食品の元従業員の誰かが不当解雇なり、職場での待遇に不満を抱き、故意にメタミドホスを混入したと考えた。上記のような労働環境が、中国国内外を問わず、知られているためである。中国における企業の労働者に対する待遇および労働環境について、天洋食品が特殊な例ではない。つまり、事件の真相究明及び再発防止策がなされない限り、今回のような中国製品の引き起こす事件が、再発する虞がある。
 中国公安当局は天洋食品の従業員の出勤簿を押収して捜査したものの、犯人に結び付かなかったと発表した。そして、日本の捜査と違い、密封の袋からでもメタミドホス混入が可能と調査結果を報告した。日中で意見が異なり、ともすれば、責任の擦(なす)り付け合いの様相を呈している。次に中国の行政及び警察機構から事件の背景を考察する。
 中国側の行政及び警察機構の捜査について考察する。餃子中毒事件を考察する上で、最も原因に近く、かつ解決に近い重要な役割があるからである。中国政府は餃子中毒事件発覚当初は、中国国内向けには、真相がはっきりするまでは事件について、論評を避ける一方、日本側には、事件に関する調査・捜査を約束し実行した。中国は春節という正月休みの時期に加え、上述した「雪災」への対応が忙しい中で実行した。日本のように、年末年始だからといって、案件を後回しにするほど中国側の対応は鈍くなかった。昨年、中国政府は、中国製品の相次ぐトラブルに際し、当初はクレームに対し、頭から事実を否定した。だが、国際世論の批判や各国からの調査・報告により、各事件と中国製品との因果関係が立証された。中国政府は自国の製品の安全体制の不備を認めた上で、謝罪をせざるをえなくなった。そうした経験を踏まえた冷静な対応であると、小生は当初の中国側の対応を評価していた。昨年の反省を活かしたのであると考えたからである。だが、後述する拙速な幕引きをはかる対応が、中国側に見られるようになったことは周知のとおりである。中国側のそうした対応に関し、消費者の一人として小生は、大変遺憾に思う。
 中国において、行政および警察機構は、中央政府と地方政府との二重構造による体制である。米国のように各州の独立性が見られる連邦制度とは違い、中国は基本的には中央集権の構造である。ただし、中央政府の意向が全国津々浦々において、全て細部にわたり反映できない。そこで地方政府関係の汚職や不正が、陰に陽に存在する。例えば、北京において、昨年まで「直訴村」が存在した。それは、地方における役人の不正や住民の窮状を中央政府関係者に訴えるために、それぞれの地方の出身者が集まり、集落化してできたものである。各地方の直訴に対し、各地方政府関係者はそれぞれに属する公安を派遣し、監視してきた。その直訴村は、北京五輪を控え、国家のイメージダウンになるとして中央政府により解体された。また、中央政府は人権擁護活動をしている弁護士を北京から追放したり、公安により国内外のメディアの取材規制もしている。
 餃子中毒事件で、天洋食品が日本を訴えるとか、中国の捜査担当者が日本側を非協力的と非難するなど、日本人にとっては奇妙で不誠実な対応である。北京五輪などを控え、問題を長期化させることで欧米から信用を失いたくないという面子に係わる理由もある。中国で、食の安全をはかる法制度や検査機関が不十分ないしは未整備な面もある。例えば、昨年中国製品のトラブルに関し、中米で毒入り風邪薬を販売していた製薬会社から賄賂を得ていた監督責任者が死刑になったり、基準値を超える鉛が検出され海外からの大量の返品に悩み自殺した玩具メーカーの社長がいる。日本では、不二家なり船場吉兆などのように、社会的制裁なり、検査および再発防止策の指導なりを受けて営業再開ができた。中国では、日本のような法制度なり、検査組織が十分でないので、一度問題を起こした側の人間は、死を恐れ、事実を認めたがらない。法令遵守を中国政府は訴えるばかりでなく、具体的検査制度なり、事件の再発防止策を指導できる制度や組織構築が急がれる。
 中国政府は日本側の中国に対する軽侮に不快感を表しているが、逆に中国側が日本側を軽侮している面もある。原因のひとつに日本側が対中諸政策で引き起こした失敗がある。日本政府は中国に対する通商外交でも失策を重ねてきている。例えば、日本政府は2001年に 200日間、中国産の長ネギ、椎茸(しいたけ)、イグサに対して、セーフガード(緊急輸入規制)を実施したことがある。選挙で自民党のいわゆる農水族が票を集めやすくするために実施したのであった。中国政府は自国に対する軽侮として、日本側の場当たり的手法に憤慨しし、日本からの化粧品や水産物などの対中向けの輸入品に報復の規制を課した。その際の経験から日本政府に対し、容易に歩み寄りを見せなくなった。そして、加えて、日本の食料自給率が低く、いわゆるChina free ができるわけないと、中国政府は日本の状況を見透かしていて、強気の態度に出ている。かつて、清国開国を要求しに乾隆帝に謁見したイギリス使節マカートニーが持ち帰ったイギリス国王あての返書の中に、「多年イギリスには恩恵を与えているのに、これを感戴することを知らない」とある。今日の中国政府の自信満々さもまた、乾隆帝の時代の清国と同程度のように小生は感じる。
 中国の消費者及びメディアの事情を簡述する。日本のような消費者センターもクーリング・オフなどの消費者保護の制度や組織は不十分であり、未整備である。また、中国のメディアは中央政府からの言論統制が厳しく、インターネット上であっても、忌憚なく意見を述べたり、取材することは困難である。中国人自身、食の安全について、充分な情報をもてず、漠然とした不安を有するしかない。ちなみに、中国において昨年をあらわす漢字は「漲」であった。経済成長や北京五輪を控え自信や国威が漲るという様から採用された。だが、次点が「黒」であった。それは、山西省での奴隷レンガ工場事件、中国製品のトラブル、格差社会への心配である。中国人は経済成長を楽観的にのみ捉えていない。消費者トラブルの件でも、中国人に日本レベルくらいの消費者保護の制度や組織があれば、理知的に対応できるのに、それすらできない危うい状況で日常を過ごしている。富裕層ぐらいしか、外国産を含む安全性が比較的高い食をとることができない現実が存在する。
 中国政府側について、一番致命的なことは、消費者本位の原則を軽視していることである。中国政府関係者が来日し、日本における餃子中毒被害者をお見舞いしたり、日本政府との事件再発防止や捜査協力を協議することはよい。だが、日本の消費者の意見や感想を聞き忘れている。中国製品を購入するのは、日本政府のみでなく、多くは日本の消費者である。ちなみに、中国の一部メディアは「日水餃子中毒事件」と報じているが、日本の消費者は焼き餃子として食している。中国側は、事件についての根本的な事実確認や日本の消費者の嗜好を理解していない。中国政府は中国製品に対する消費者の不安に対し、外国向けには安全を確保するとのみいっても、話にはならない。現に昨年も相次いだ中国製品トラブルについて同じ事を表明して、今回の事態である。事件の真相究明や再発防止策をはっきり中国内外に向け、説明せねばならない。さもなければ、将来、中国製品は世界から忌避されてしまう。
 現に、小樽と札幌の学校給食で中国から輸入したマッシュルームから異臭がしたり、食した児童や教師が体調不良を訴えた事件が2月にあった。中国製の食品や食材は学校給食費を安く抑えるのに重要であったが、安全性を考慮し、給食費の値段を上げてでも、中国産と比較して安全性が高いとされる国内産を含む食品や食材への移行が検討され実施されつつある。北京五輪に関していっても、五輪直前まで日本や韓国で直前合宿をしたり、料理人や食材や飲料水を持参で北京入りする予定の五輪代表団がいくつも存在する。中国は食の世界で、中国国内を含む世界からの信頼を喪失しつつある。中国政府は食の安全を保証するというお題目を唱える以前に、国内外の消費者から学び、それを食の安全にむけた制度や組織構築に反映させるべきである。
 「魚が腐るのは、頭からである」というトルコのことわざがある。国の責任者が面子に拘泥し、お上の言うことが常に正しいとばかりに、真実から目をそむけ、国内外の意見や批判にまともな応対をしないことは、憂慮すべき事態である。このような姿勢を続ければ、国全体が、金のためなら、倫理を無視してでも、何でもやるような殺伐たる社会を形成することになる。こうした封建思想分子が開明されねば、中国人民のみならず、世界各地の人民にとっても、今後も不幸な事態を招き続ける虞(おそれ)がある。
 
 おわりに
 
 今回の中国の食をめぐる問題は、非常に遺憾な事件である。中国が昨年、世界中を騒がせた「made in China」の反省を充分に活かしていないからである。小生は、今でも中国文化に対する敬愛の念を有している。食文化もその一つである。中国5000年の叡智の結晶ともいえる食文化は、アジアの盟主を冠するにふさわしいものであった。それを目先の利益に目がくらみ、その伝統と名誉を汚すことは、中華民族の存在意義そのものを中国人自身の手で否定のみならず、世界遺産といえるような至宝たる文化の毀損である。まさに、Vandalism(文化芸術破壊)そのものの蛮行である。
 ところで、小生が10代のころ読んだSF小説の中に次のような内容のものがあった。あるマッド・サイエンティストが細菌兵器を駆使して、世界征服をたくらむ内容である。その小説の中で「細菌兵器の抗体ワクチンを購入できる富裕層だけが、生き残れば、人口問題も解決されて都合がいい。」といった内容のマッド・サイエンティストの科白が、印象的であった。現実には、細菌兵器なしでも、人類を滅亡に追いやれそうである。汚染された食材や発がん性物質をはじめとする有毒物質を含む食品といった安価な食しか得られない低所得の人々が、世界に多く存在するからである。極一握りの富裕層しか、安全性の高い食を享受できない。そうした格差、不平等は全世界に存在する。今回の餃子中毒事件を考えると、人類存続の危機まで想起させられる。
 こうした事件の真相究明及び再発防止のためには、当該2カ国での協力のみでなく、広く国際社会の協力体制の充実が必要である。特に国際機関、例えば、FAO(国際連合食糧農業機関)、WHO(世界保健機関),WTO(世界貿易機関)が、国家間の利害関係を超越した協力体制を構築し、指導や監督を実行するべきである。安全な食料は、国、民族、貧富の区別なく、等しく世界のあらゆる人民に保障されなくてはならない。生存権のみならず、基本的人権を保障することにも通じるからである。国際レベルで、食の安全保障体制を構築する必要がある。