倉田 稔『マルクス主義』成文社 への
読後感
渡邊理
「ソ連崩壊後、マルクス主義の知識人達が世界情勢について積極的に意見しなくなった。」と言われるようになって、久しい。しかし、本書は世界情勢について、マルクス主義の視座からグローバルにそして歴史を踏まえて簡述されている。しかも難しい数式や経済理論なしに平易な文章で伝えてくれるので、入門者には大変有り難い。
マルクス主義について、教条主義に盲従して紹介するのではなく、世界各地の共産党の実情を踏まえ、批判的に論述されている。さながら、形式化し硬直化した共産党思想に対し、破壊でなく、改革を穏やかな口調で説かれている。無論、マルクス主義が元々持ち合わせている市場に対する鋭い批判精神も大いに活用されていて、市場万能主義の自由主義経済に対する分析も大いにある。今日リベラル思想と言えば、左翼思想という誤解や偏見が多い中、中庸を貫徹した本物のリベラルと言える。
2012年米国ウォールストリートで行われた「オキュパイ運動」に象徴されるように世界における格差問題は中世ヨーロッパどころのレベルで済まないほど拡大している。1%の人物が富を際限なく自分の懐に集中させ、それを元手に政治経済を自分の都合のいいように反映させている。その一方99%の人民の経済格差が拡大して生活難に呻吟している事への不満や危機意識が増大している。だが、現実に人民の多くの声が1%の側の論理で黙殺されている。不満や不信が深まる結果、ゼノフォビア(外国嫌い)の不寛容社会が蔓延している。こうした現実をいかに改善するかの処方箋が本書と言える。
また今日世界各地で民族紛争が絶えず発生し、激化している。本書ではオーストロ・マルクス主義を通じ、ハプスブルク帝国解体の構造にも深く触れている。民族問題は後のソ連やユーゴスラビア解体の構造に当てはまる。無論、アジアやアフリカにヨーロッパのモデルケースを直接適用出来ない。だが、民族問題を知りそれを克服する上で貴重な道標となる。
世界各地の諸問題や現象を見ると、先生の以前の著作にあるように、改めて土地改革が重要だ、と再認識される。発展途上地域については文字通りだ。先進諸国では土地ならぬ株による利益をもとに通貨、さらには各国の中央銀行を意のままに操り、濡れ手に粟の儲けをしている。しかも自分たちの儲けは「タクス・ヘイブン」に回避させ、いざという時の損益は一般市民の税金で穴埋めさせるシステムになっている。そうした不平等を是正するために様々な規制なりルール作りが必要となる。
本書は今日に至る世界の実情を知り、多様な議論を喚起させる指南書である。感情の赴くままに、無責任な罵倒を続け対立するのではなく、穏やかな対話を通じてよりよい方向へ導き、昇華させてくれるからだ。まさに世界中の市民による連帯がじゅうようであることを強く印象づけられる。